俺もコロナにやられていたのだろうか。しばらくの間、冷笑気味だった。いわゆる厭世観というやつだ。人は怖い。そういう時に限って依存する。
襟を正して昔の仲間に会いに行った。正確に言えばまだその最中。懐かしい奴らのライブを観れば、自ずと涙が溢れた。その涙が感情の渦になって一体何処から湧いてきているのかわからなかった。これはれっきとした病気だった。と理解するまでは随分と時間を要した。
自分で自分のことがわからないという現象は辛い。あるいは生きてきた今までの中で自分のことがわかった試しなどあるのだろうか。それ自体が思い上がりなんじゃないかって答えのない禅問答またの名を無間地獄を繰り返した。
ギターが触れなくなる日が来るとは思わなかった。緑色のPRSが10年以上ぶりに自分の手元に戻ってきたというのに、まるでそのこと自体が原因で塞ぎ込んでしまった。
「亡骸に花束を。」でも書いたように音楽にさえ出会わなければ俺の人生はもう少し平安だったかもしれない。今更、という言葉は知っているがその本質はずっと長い間、人類を悩ませてきた。
ここにきて俺のやりたいことは繋ぎ直すこと。歴史を取り戻すこと。コロナのおかげという部分も創作の上では大きいが皆がバラバラになるには十分過ぎる出来事だった。
俺はここ2年でアーティストとしても何かしら話題性のあるリリースやMV、ライブも含めて騒がれた自負もある。しかしもう疲れた。これ以上ギアを上げることはアーティスト以前に人間として日常生活に支障が出る。だからしばらく音楽から離れたかったはずなのに、今一度繋ぎ直そうとしている疲弊した自分の姿に憐れみながら笑いが出る。
手鏡をよく見てみよう。お前の正義や道理はある意味じゃ正しいとしていわゆるクレーマーと同じ表情をしてないか。幸せとは誰かを犠牲にすることか。その顔は醜く引き攣ってはいないか。
もう疲れた。と言ったところで同情できるのは自分だけだ。優しさの正体は究極そこにある。他人のせいにしたくないなら今すぐ自分が変わることだ。プライドより大事なものを人は見たい。俺にとってその表現方法がたまたま音楽だった。というだけの話だ。友人よ。友人のままでいてくれ。