腕の見せ所

俺が言うまでもないが、世界は元に戻ることはないと思う。

 


お陰様でここ何日か、立て続けに連絡をくれる仲間たちがいる。「そっちはどうですか?」って

 


特に地方の人間からしたら東京は、例えば日本からニューヨークの現在を観るように多分、俺たち(都民)が思ってる以上に深刻な厳戒態勢に支配されているんだと心配されているようだ。

 


閉店、一時撤退を余儀なくされるライブハウスやクラブ

 


何もこの業界に限ったことではないがSNSを通して現実を知る、というなんとも皮肉な事態/時代だ。

 


一方で、ガチガチの建築業界や物流で働いてる友人の声もリアルに届く。彼らは忙しさも相まってか、日中はTwitterなど眺める余裕もなく、現場自体はいつも通り納期/締め切りに追われているので、なぜそこまで我々が自粛に対してナーバスになったり、それこそタイムラインで起きてる論争など知る由もないので、「皆テンパり過ぎなだけじゃないすか?」という感想を頂くこともある。

 


確かに、"迷ったら馬を降りよ"の格言が示す通り、身内でパニクって足の引っ張り合いをしてる場合じゃない。

 


とは言え、冒頭に記したように元の世界には戻らない。ある種のきっかけ/トリガーだったと言ってしまえばそれまでだが、ことライブハウスのシステムについてはあらゆる面で変化が起きるだろう。

 


例えば、

 


今まで「ライブをしたい⇄ライブをさせたい」同士でアーティストとハコの共存関係が成り立ってたのはその実、音楽性や作品性を(ぶっちゃけて言ってしまえば動員力も)度外視してた部分も大きい。

 


これはコロナ以前によく言われた"ノルマ問題"や"平日ブッキングのクオリティ"でも散々、論じられできたように思う

 


が、今となってはそんな論争はおろか、最早その問題/システム/コンテンツそのものが遠い昔の話のように思える。これは否定や批判ではない。

 


今、俺たちが直面してるのは結局「才能と実力の世界」だったという目を背けられない事実。良くも悪くも、コロナのお陰(せい)でその解像度がグッと上がっただけの話。突きつけられている。

 


ザックリ言ってしまえば、ダサい言い方になるけど

 


世の中は、俺たちが思っているその何倍、何十倍以上も「楽曲コンクール」に傾くと思う。映像/音源/作品のクオリティが一定以上、担保されている状態でなければ、とてもじゃないけどライブハウスに足を運ぶお客さんなんて現れないだろう。

 


この期に及んでカタルシスやスピリット(つまり精神論)に寄りかかるのは、果たしてロックなのか?

 


悲観的にならず、腕の見せ所だと考えて欲しい。

 

 

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あちこちからアフターコロナについて質問されるので、俺なりに感じたことをまとめてみました。

 


ここで差がつくと思うよ。兎と亀の話よろしく。