チキンレース

実によく試された数週間だった。

 


分断、とまではいかないがデスストランディングよろしく元々、自分が愛していた場所がそれぞれ決断を迫られたのだから。

 


独り身の俺なんかまだマシな方だ。

 


ご多分に漏れず、自分のライブを始め、関わらせて貰ってるイベントは10本近く飛んだ。

 


人数だけで言ったら出演者だけで100人以上、もし開催してたとしたら少なく見積もっても3〜5倍の人間が集まっていた計算になる。

 


これは、身内の名誉の為に書いておくが、誰一人として自ら"イベントを中止しましょう"と(もちろん相談/判断は昼夜問わず重ねた)漏らさなかった。

 


つまり、国や企業/会社、そして各ライブハウスの判断に委ねる、という原理原則に基づいた非常に冷静な判断だったと思う。

 


刻一刻と変わる情勢のスピードに俺自身も参ったし、痺れを切らして連絡して来てくれたやつのことを思うと胸が痛かった。

 


最後まで、チキンレースに巻き込んでしまって申し訳なく思うと同時に、冒頭に書いた"試された"という観点ではこんなに仲間のことを心強く、誇りに思うことはかつてなかった。ありがとう。

 


俺は4年前にANTIKNOCKから離れて(レーベルとしては今もすごくお世話になっている)、鎖groupに拾って貰い、その傍ら、後輩や仲間の面倒を見ることで生計を立ててた。

 


以前から(遡ればblogを始めた当初から)"ノアの箱舟を作る"ような活動をすると宣言していたし、去年からはライブハウスやバンドマンの"在り方"に懐疑的な自分自身についても吐露してきた。

 


しかし、コロナがあろうがなかろうが"こんなこといつまでも続くわけない"と業界全体を見渡した上で、自分もどこかで腹を括ってはいた。その感覚は裏方も、表現者側も"なんとなく"の世界線で共有していたと思う。

 

 

その年貢の納め時が今日、来たってだけの話で。

 


これら全ては、自分の能力不足に起因する。俺がマイケルジャクソンやビリーアイリッシュならまだしも…はっきり言って"自分が選んでここまで来た"という事実だけはカタルシスやロマン、世情で片付けられる筈もなくただ、ただ、胸に刺さる。

 


この痛みを、これから始まる謹慎期間に充てようと思う。俺は今、アルバムをリリースする為に動いていたのだから《一点集中》そのハードルを更に上げて挑もうと思う。先ずはアレンジから見直したり、重箱の隅をつつくように細部まで拘る。

 


作品で訴えること以外、できない。

 


それが、ここまでグダグダと書いてしまった自分への戒めにもなるし、恐らく、これを読んでくれている仲間たちあるいは熱心なリスナーにとっても、1番わかりやすいシンプルな"俺の形"だと思う。本来のあるべき姿というか。

 


プリミティブな考え方をすれば、最初っからそれで良かったんだと、少し清々しい気持ちでいます。暫く、このblogやTwitterも更新は滞ると思うけど、全ては作品でアンサーしますので楽しみにしてて下さい。長々とすいません。

 

 

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最後まで、ジタバタしなかった君

 


君が1番かっこいいよ。君が1番かっこいい。