印藤勢の新奇録

音楽「を」食べています

僕だけでしょうか。

さて、このBlogもおかげさまで、100回目を迎えます。いつも、読んでくれている皆様、本当にありがとうございます。


自分は、余計なこと言わないように、気をつけていても、時々、口(スマホだから手?)が滑ってしまうので、意識して、なるべく敬語を使って、日本語の練習も兼ねて、今迄、綴ってきました。

なので、今回ばかりは、自分の言葉で、今、思っていることを、貫きたいと思います。(次回からは、敬語に戻します笑)

甲本ヒロトに憧れて、彼のインタビューや、言動を鵜呑みにしていた10代の俺からすると、最早、バンドは、あるいはロックは、”若者が憧れ辛いモノ”になっている気がする。

Twitterを開けば、誰かが誰かの不平不満を垂れ流し、問題提議はするけど、代案は出しません、なんて意見とも呼べない喧々諤々や、個人の想いを主張しただけで、見知らぬ画面越しの暴力、言葉のリンチにあい、形式上、謝罪をしたにも関わらず、ブレてる、カッコ悪い、と囁かれ、臆病者たちは、いいね、を押してそれを免罪符とする。

沈黙はタイムラインには流れない

上からでも、下からでも、なく、冷めた目でページをスクロールする。

意識高く振る舞うが、なんの結果も出していない自称アーティスト、VS、自称:意識高い系が嫌いな人の群れ、はっきり言うけど、そんな時間あるなら少しは結果出しましょう。目に見える形で。

話は戻るけど、僕は、憧れたから、憧れられなくちゃ、というシンプルな動機に基づいて、活動をしている。自分が抱いた、10代の頃の少年に嘘さえつかなければ、それが可能だと信じている。

強要もしない、強制もしない、お願いした、でも、された、でもない、そこにロックの自由を見たからだ。

ラーメン屋のアカウントが、四六時中、愚痴を書いていたり、【拡散希望】⚪︎⚪︎駅で包丁を忘れました。見かけた方はお知らせ下さい。なんて、呟いたら、誰もそんなラーメン屋、行かないでしょう。誰が、憧れて、誰が相手で、初めて、自分の立ち位置が現れるのか、もう少し、考えた方がいい。常連と店主のみが、鼻息荒く、今の世の中を憂いて、あーだこーだと言うのは構わないが、誰が見たって、一般のお客さんから見たら、近寄りがたい、スーパーニッチなラーメン屋だ。

味で勝負する気はないんですかね

そんな、沈黙がタイムラインに流れる。

何かを演じているつもりなら、今すぐやめたほうがいい。自戒も込めて言うけど、目に見える形の結果、がない以上、説得力が無さ過ぎる。

必要最低限が、生活にあればいい、人をやましいと思うことも、隣の芝生が青いと思うことも、全部、作品に叩きつければいい。

その為に、ライブがある、ライブハウスがある、お膳立てをしてくれるスタッフさんがいる、

それで十分だと思うのは僕だけでしょうか。