印藤勢の新奇録

音楽「を」食べています

そうこなくっちゃ

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定食屋とカフェを掛け持ちでバイトしてた頃、出会ったのが、当時、高円寺GEARと新宿ANTIKNOCKの店長をしていた三浦直仁 氏

 
自分は照れ隠しで、ライブハウスで働いた経緯を”両津勘吉スタイル”(出入りしてるうちに…的な)と省略するけれども、本当はこの人が声をかけてくれなかったら、当然、長いことANTIKNOCKで働いてた人生なんてなかったです。
 
ブッキングマネージャーとして、基礎中の基礎を教わり、人として大事なことをたくさん教わりました。
 
やがて、渋谷CYCLONEの店長に就任した三浦さんとは、当時、グループ(同じ系列店)だったこともあり、店は違っても”それぞれが、それぞれの畑を耕して、たまに笑って酒飲めればそれでいい”、という背中を見せてくれました。
 
更に、時代は変わり、CYCLONEもANTIKNOCKも独立したけれど、自分には”恩師”というワードが最もしっくりくるかなと思います。
 
ちなみに、三浦さん時代よりも前のCYCLONEと言えば、当時、エアジャムムーヴメント、インディーズバブルが少し落ち着いてきた頃で、良い意味でも悪い意味でも、テレビや雑誌が、次世代を求め、青田刈りに奔走していたこともあり、20歳前後の自分が出入りしてたCYCLONEの風景は、眩しいくらい華やかな場所でした。
 
(対照的にANTIKNOCKを根城にした自分は天邪鬼です笑)
 
誤解を恐れずに言うと「ウチはメロコアかミクスチャーじゃないとブッキング出来ませんから!」くらい、トレンドで、強気なハコだったと思うし、事実、なんとか自分らが出演させて貰えても、対バンはボンテージでヒラヒラなグラムロックとか、ヴィジュアル系崩れなギターポップとか、いわゆる、イケてないブッキング(完全に自分らの実力を棚に上げてます笑)をされていたと思います。
 
店員は皆、ファッション雑誌に出てくるようなスカした人たちに見えて、身内のイカツめなバンドマンとばかり喋っていて、隅っこの方にいる我々はいたたまれなくなって、なんだか勝手に「今に見てろよコノヤロー」感がフツフツと(超お門違いだとしても!)湧き上がった記憶があります。
 
でも、ちょっとだけ「こういうの、心のどこかで期待してたかも…」という悶々とした気持ちが、現在のひねくれた自分を作り上げたと考えると、あの疎外感(ただの実力不足なジェラシー)は、まさにライブハウス原体験だったと思います。
 
※実は、この辺の時代背景とか、自分がそのとき実際に見たこと、感じたことは、近い将来、とあるメディアを通じて、発信される予定です。
 
話は戻りますが、そんな因縁が深い(笑)渋谷CYCLONE 20周年、そして、自分の恩師である三浦直仁 氏に敬意を払って、明日はステージに立ちたいと思います。

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いつまでたっても子供のまま、ずっとわがままを言っている自分を活躍させてくれるのは、そういう場所があるからです。
 
本当に、ありがとうございます。
 
 
 
今日の脳内BGMは、


041003 SIDEKICK9 「LOVER'S JAP」

 

カミソリギターレディのレコ発ファイナル、戦友のラストライブ、泣きながらはしゃいでる俺や俺たち。


まだ何も始まっちゃいない。